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「小説千本桜・伍」発売前の今のうちに好き勝手言ってしまおう②

この記事を書いている今、私はまだ「小説千本桜 伍」を読めていません
くそっ、本当なら本屋の開店と同時にダッシュして購入したいのに…ぐぎぎ

・・・ひょっとして、フラゲした人なんかもこの世には存在するのかしら
そんな・・・そんな人・・・呪われろ!つか私が呪う!!




なんて、人を呪わば穴二つですから、呪ったりなんかしませんよ?
しませんってば!ちょっと羨むだけです(←)

というわけで、前回は
よくわからない前置きだけでいっぱいいっぱいになってしまったので
今回は、その続きに入っていきたいなと思います・・・

「小説千本桜 伍」発売前だから・・・もとい、入手前だから好き勝手言うよ!



前回、ついつい「踊るポンポコリン」との比較に熱中してしまい
本題を見失ってしまいましたが
何を言いたかったかっていうと、「千本桜」という曲・・・というか動画ですね
「千本桜」の動画が、どういう性格のものかということを書きたかったわけです


■「千本桜」って、だいたいこんな感じ?

個人的な見解ですが、たぶん動画視聴者は
こんな印象を持ったんじゃないかと思ってます


・「桜」をモチーフにした、和風でハイカラな曲
  → 和風モダンな世界観だ!

・リズムとテンポの良い歌詞で、気持ちいい!
  → 自分も参加したい!みんなもノリやすそうだぞ!?

・小難しくて不穏な言葉を使ってるが、あくまであっけらかんとした歌唱    
  → 不思議系ダーク系の世界観かも?でも、主人公達が悲壮になってないし
    ラノベ的な世界観なのかな?

・ストーリー性がありそうだけど・・・
  → “悪霊退散”ってあるし、バトル系?
    言葉の繋がりにも意味がありそうだし、いったいどんなストーリーなんだろう?

・+α 動画によるイメージ 
   → やっぱり、あの歌はこの物語の歌なんだ!
     しかも、ミク達が登場人物になってる!
     あああ、いったいどんなお話なんだ? 気になる・・・気になる・・・


さて、ここまで良い素材が揃っていたら、足りない分は自分たちで補っていこう!
というのが、ボカロ文化ですよね

こういった要因によって、人によっては歌ってみたり、踊ってみたり
ストーリーを自分なりに構築してみたりしてたと思うわけです


で、で ですよ
「小説千本桜」の話に戻りますよ?


■「小説千本桜」の業

「小説千本桜」・・・つまり、商業ベースで大々的に「千本桜」の物語を出す
ということは、この数多くの発想(妄想)を、潰してしまうという側面が
あるんですよ

もちろん、「小説~」の存在で新たに派生したものも多いですが
(音楽劇や歌舞伎、その他小説ベースの二次創作など)
それと同時に、各個人でなんとなく持っていた妄想の部分というのは
無意識的にとは思いますが、だいぶ葬られたはず・・・

「小説千本桜」って、そんな業を背負った作品でもあるんです

じゃあ、「小説千本桜」が、それら妄想を供養するためには
どうあるべきか?
有無を言わさぬような、圧倒的に面白い物語?
誰でも読みやすく、楽しい文章?
きれいでかわいい挿絵?
いやいや、ボカロ曲なんだから、キャラクターへの配慮もしっかりしないと・・・?

もちろん、これらはとても大切です
ですが、一番大事なことは、上記事項もひっくるめて
原曲に対して、限りなく“誠実である”ことだと考えています


■誠実ってなんじゃい?

”誠実であること”とは?

それは、もちろん先ほど書いた要素もありますが
と同時に、歌詞に出てきた用語を大切にする・動画の世界観を大事にするなど
「千本桜」の動画を好きな人の気持ちを大事にすることが挙げられます

そういう意味では、千本桜(原曲)の絵師を担当した
一斗まる氏が小説執筆および挿絵を担当している点で
誠実度は、ほぼ満点に近いとは思います


え?じゃあ一斗まるさんが作ればなんでもいいの?


・・・いやいや、もちろん
それだけじゃないですよ

小説をここまで読んだ感じ、もともとファン出身の方なのでしょう
キャラクター性、本当に大事にしているのが分かります

物語だって、作中に登場する用語をうまく絡めていますし
そのうえで、心ときめく新たな設定も盛り込んでいます
なにより、世界観が秀逸ですね
”桜京”をはじめとした各ネーミングにも、センスを感じます

挿絵だって、キャラクターに偏りが出ないよう配慮されたうえ
楽しく面白く読めるよう工夫もされています


ただ、物語性・文章技巧については…こりゃ、人によりけりなんでしょうが
個人的なアレとしては(個人的なアレとしてはですよ!)
正直ちょっと読み辛いな~と思うことが多々ありました

今だから言いますけど、1~2巻は特に、読むの結構しんどかったんですよね
1巻は、オカマ忍者出てきたところでいったん閉じました
オカマ忍者に限らず、どうも私、一斗まるさんと萌えのツボが合わないのか
たまにノリや、サービス具合についていけないところがありました

ストーリ展開も、“実は~”“実は~”という設定の羅列に見えてしまうところもあり
嫌いじゃないんだけど、うーん…と思うところもあり・・・

キャラクターの心情を語るパートも、大事なところではあるんですが
あまり長くなるとテンポが重くなるなぁと思うこともありました


ただ、大事に温めていた話なのだなというのはよくわかります
個人的には苦手なところも多い文章なんですが、それを補って余りあるほど
丁寧に考え、綴られた話なのだなぁというのはひしひしと伝わるんですよね

もうそれだけで、私としては
十分すぎるほど十分なんです


もちろん、動画に携わった人が書いているというのは
大きなアベレージです

ですが、それ以上に 「千本桜」という曲への愛
初音ミクへの愛、初音ミクを好きな人たちへの愛
「千本桜」を好きな人たちへの愛っていうのがあふれてるんです

誠実って、こういうことだと思います
誠実=作家の人間性なんだと思います

ですので、物語の決着についてはもう、ぜんぜん心配してないんですよね
たとえば未來の顛末にしても、平成に帰ろうがが大正に残ろうが
そんなのとはまったく違う結末になろうが、何でもいい気がしています
ほかのメンバーもそう
一斗まるさんが出した結果ならば、信頼して大丈夫

ただ思うのは、一斗まるさんがすべて出し尽くしてくれること
それだけを望んでます


■ですが・・・個人的に期待してること

と、キレイ事っぽいことを言いましたが
やっぱり、個人的に期待してる点もあったりします
それをここでちょろっと


一斗まるさんって、私の中では単なる絵師さんというより
初音ミクのキャラクター性のバリエーションを作った人、というイメージの方が
強いんですね

キャラクター性のバリエーションってなにか、というと
初音ミクに関連する創作(歌・二次創作物語・MMD・ライブ・ゲーム等)には
数多の派生”初音ミク”が登場するけど、それらはすべて
総体イメージとしての“初音ミク”に帰結するような気がしていたんですね

でも、「千本桜」の初音未來に関しては
そこからだいぶはみ出したキャラクターのような気がしています
”初音ミク”と” 初音未來”、源流は同じですし、同一視されていることも多いのですが
「千本桜」のヒットによって「千本桜」独自のイメージが拡大したことに伴い、
千本桜のミク=” 初音未來”っていうのは
そろそろ独自性を持ち始めたのでは?と思っています

ですので、「小説千本桜」は
“平成の未來”が自分のアイデンティティーに悩む物語という側面もありますが

これはつまり、“初音ミクのバリエーション”であるはずの” 初音未來”が
自身の“初音ミク”性、“初音ミクとしてのキャラクター性”について悩み
その解を得る物語ではないか?と考えています

これは、これまでの小説執筆陣とは違うスタンスに立つ
一斗まる氏ならではの切り口と考えている・・・



・・・のですが、これこそ個人的な妄想なので
全然見当違いかも知れません

ま、伍巻入手前ですしね
これくらいの妄想、塵芥のようなもんです
吹けばピュ~と飛びますよ、ピュ~


ということで、ここまでの長い戯言に付き合ってくださった方
ありがとうございます、そしてすいません;

この文章が、「小説千本桜」を楽しむ上で
プラスになるかマイナスになるか分かりませんが
(いや、たぶんマイナスだ)
ちょっとでも楽しんでいただけていたら幸いです


では、次に「千本桜」関係の記事を書いている頃はには
きっと私も、伍巻を読了していることでしょう

そうしたらたぶん、この記事上げたこと自体を後悔していると思います
しかしそれもまた・・・人生!
人生ってしょっぱいなぁ!

・・・それではまた
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きりたちのぼる

Author:きりたちのぼる
ボカロ(特に千本桜)と、仮面ライダーと、フィギュア遊びと、あとその時にハマってるアニメの感想などをやっています。
だいたい迷走してます。
よろしくお願いします。

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