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うたプリアニメは女児向けアニメ?

ここ数回、「うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVE2000%」
(以下、うたプリアニメ)視聴してみて
ずっと考えてたことを書きます

ちなみに、これ書いている私自身は
うたプリアニメを何回か視聴したのみです(前作はまったく未視聴)

さらに、CDやイベントはおろか
ゲームについても全く知らないにわか者でございます
そのへんは、あらかじめご了承ください

あと、文章を書くのがへたくそなので
くどかったり、やたら偉そうな語り口になってたりするかもしれませんが
私の文章力ではこれが限界(一応こんな文章でも、3日かかってる)ので
うっかり読んじゃった方、大目に見ていただけると有り難いです

さて、うたプリアニメ語りです
世間ではどうやら、かなり評判が良いようで
http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/12125

まず、私自身が視聴した印象ですが
各種小ネタは多数盛りこんでいるものの、作品自体はものすごく健全だと思いました
これは、基本的に女性が不愉快にならないように作られているっていうのが
要素としてとても大きいのではないかと思います

この、女性が不愉快にならないって、どういうことかというと
女性が作品を見る上で何も警戒せず、安心していられるということ

そして、その最たる例が女児向けアニメです
なので、この女児向けアニメの特性を当てはめていけば
うたプリアニメの人気の理由が紐解けるのではないか?と考えました

今回は、そんな女児向けアニメの中でも特に
近年放映されたスマイルプリキュア(以下、スマプリ)が、うたプリアニメ近いと思うので
これと比較して考えようと思いました

■七海春歌とはどういう存在か

まず、キャラクターの構成から

メインメンバーがグループを形成しているというのは両作品に共通していますね
物語のメインになるプリンス達は、プリキュアで言うところの各プリキュア
(キュアハッピーやキュアサニーらに該当するのが、ST☆RISHの何れかのメンバー)
このへんについては、説明は不要かと思います

さて、ここで問題になるのが、うたプリアニメのメインヒロインである春歌なんですが
…この子恐らく、スマプリでいうところの“キャンディ”の立ち位置ではないかと考えます

ちなみに“キャンディ”とは
ざっくり言うと、女の子たちにプリキュアに変身するアイテムを与えるマスコットキャラです
見た目はふわふわの、うさぎ(?)のような形状です

私が、春歌を“キャンディ(マスコットキャラ)”と考える理由は2つ
まずは、彼女が各プリンスに曲を提供したり、
彼らが困難を突破するきっかけを与えるというところが
プリキュアに変身するアイテムを与えたり、プリキュア達をパワーアップへ導くという
キャンディの役割と共通するということ

あともう一つは、彼女の“非人間”性です
(…表現キツいですが、他の言い方も思いつかなかったのでこのままいきますね)

なぜ彼女を“非人間”と思ったのかというと
春歌は、作中の扱いを見る限り一応各プリンスから想いを寄せられており
それなりに恋愛を匂わせる描写もありながら
キャラクターとしてまったく生臭くないというか…
あんまり“女”という生き物を想起させないんでよすね

これって何が原因なんだろうと考えた時に、最大の要因は、あの目
いろんなところで散々ネタにされているあの目の色です

アニメや漫画に限らず、目というのは生命の象徴のようなもので
瞳の輝きや、黒目(特に瞳孔)を
しっかり描くことで、キャラクターに生命感を与えるのですが
彼女の場合、その目をより白に近い淡い色にすることによって、
人間としての生命感を視覚的に削いでいる
そのため、 “人間の女の子”という要素が、だいぶ薄らいでいる

なので、先述の“キャンディ”のように
分かりやすいマスコットキャラクターの造形では無いものの

彼女の造形を見ている我々視聴者は、無意識的に
彼女を人形とか、妖精とか、アンドロイドとか…そういったような
“非人間(人間に類似した何か)”のようなイメージに近い捉え方を
しているんじゃないかと思うわけです


で、ここからが本題なんですが
まず、この春歌が女子からあまり嫌われていないのも
この“非人間性”のおかげなのではないかと

彼女を“非人間”的に作画することにより
春歌という女性キャラクターにおけるセクシャリティが視覚的に表出しない

なので、先述のように 彼女が、各プリンスとの恋愛を匂わせるような場面に遭遇しても
あまり肉体性が伴わない…つまり、そんなに生々しく見えない

もちろん、彼女自身の天然ボケでこういったシーンをかわすという
お約束の要素もありますが
そんな天然属性があまり鼻につかないのも、彼女があまり女おんなしていないから
あれは、いわゆるぶりっこ(死語)ではなく、
マスコットキャラクターとしての属性に近いものと捉えられているからだと推察します

また、マスコットという立ち位置になると
各プリンス達が彼女に好意を寄せること、またそれに対し彼女が等しく好意を返すという
好意の受け渡しの範囲が広いことも、視聴者側が受け入れやすくなる
実際、春歌のことを“ビッチ”と批判する声って、表立ってはあまり出てないですよね?

以上のことから、キャラクター同士に男女の生々しい恋愛感情など
ハラハラする人間関係の要素が少ない

それゆえ、女性が安心して観ることができるのではないかと考えています


■プリンス達は、私達

あと、うたプリアニメを見て思ったのが
各プリンス達の行動が、視聴者である女性にとって不愉快でない…というより
むしろ心地良いということ

不愉快な感情を受けない、良いと感じる ということは
女性にとって“わかる”行動であるということ

で、そう思った時に
プリンス達のグループ行動というのが、
やっぱりスマプリの女の子達に似てるなぁと思ったので
共通点を挙げてみます

・グループ全員で集まれる場所がある
そして、仕事など必然性がある場合でなくともメンバー全員でそこによく集まり
他愛もないおしゃべりをしたり、あるいは問題解決に向けて話し合ったりする
部外者は、基本的にそこに入ってこない

・グループに序列がない、各メンバーに個性はあるが、グループの中での役割がない
 各自が自分の考えで行動をしている

でもって、一番大事なのが
・メンバー全員が、そのグループとメンバーを大事にしている

…書き出してみると、なんとも理想的な人間関係じゃないですか
文句のつけようがない

プリキュアの場合、未就学女児がメインターゲットなので
こういう人間関係を描くというのは、子供への情操教育といった意味合いがあるのでしょう

じゃあ、中高生や成人女性がメインターゲットであるうたプリアニメではどうなのかというと
視聴者である彼女たちを肯定するという意味合いを持つのではないかと考えました

まず、プリキュアとうたプリアニメは 成長過程において触れる時期が異なります
なので、この2作の関係性って、
プリキュアで学んだことを、うたプリで答え合わせするというような
そんな感じなんじゃないかと思うんです

私達は幼年期に、プリキュア・またはそれに類するような作品で
先述のような人間関係が理想的であるという教育を受けます

しかし、そこから成長し、学校に通ったり、社会に出たりすると
上記のような理想的な関係を形成するのって、かなり困難だということが
現実的な問題としてぶつかりますよね

自分がそういった問題を経た段階で
うたプリアニメのように、理想的な人間関係を扱った作品を見るということは
彼女らにとって癒しになる

何故それが癒しになるのかというと
自分がこれまで、「これが大事だ、理想だ」と思っている思想や
また、このような人間関係を築こうとして行ってきた努力
そう言ったものを肯定されたり、承認されたように感じるからでは、と思いました

なので、うたプリに限らず、「テニスの王子様」や「黒子のバスケ」など
キャラクターたちがグループを形成し、
チームワークを主題としているものが女性に支持されるのは
こういった理由があるからでは?と考えています

さらに、もうひとつ共通点
・ひとりの成長が、グループの結束を高め 成功に導く

スマプリでも、うたプリアニメでも
各キャラクターが自己の問題を克服することによって、結果的グループの結束をより深め
よい結果を出すことができるという話が扱われます

これは、私が考えるに
自分のアイデンティティーを大事にしつつ、グループにも貢献できるという
成功のモデルではないかな、と
そして、視聴者はそのモデルを アニメを見ることによって
疑似体験できるのではないかと考えています


以上のことから、アニメを見ることによって
自己肯定・自己承認ができ、疑似的に成功体験ができる
そういう気持ちの良さが得られるのではないかと思います


ちなみに、なぜ成長すると 同性の物語ではなく、
異性の物語を好むようになるのかというと…
恐らく、同性の物語だと これら理想の姿と自分を比較し、
ネガティブに捉えやすくなってしまうのだと考えます

昔から、同性同士ってどうしても比較対象になりますよね
たとえば、母親から「○○ちゃんはこうなのに、なんであなたは…」と言われるような
そんな感覚が沸きやすくなるのだと思います

もちろん、物語の登場人物なのだから
親も先生もそんなキャラクター達とは比較したりしません
でもなぜか、自分自身が比較して、自分にダメだししたり
逆に、比較対象のキャラクターを批判したり避けたりするようなことをしてしまうんですよね

その点、異性のキャラクターにすると、そういった心理状態に陥らず
もっと客観的な視点で楽しめるのでは無いかと考えます


■男児向け作品との最大の違い

いろいろ検索したりしてみると、意外と男性でも
このうたプリアニメを楽しんでいる方がいらっしゃるようです

メインメンバーがチームを組んでいる、というフォーマットは
いわゆる戦隊ヒーローや、スポーツ漫画など男の子向けの作品でも定番!
男性にも“わかる”構造のため、彼らも楽しむことができるのではと考えています

あれ、じゃあこれまでの話だって 別に女児向けに限った話じゃないじゃないか?
と思われるかと思います

しかし、女児向けと男児向けには大きな違いがあります
私がうたプリアニメを女児向けと考える最大のポイント、それは
“敵”が存在しないこと

“敵”がいないということは、どういうことか?
それは、“戦い”が無いということ

男児向けでは、世界征服なんかを企む悪の組織なんかと毎回戦闘したり
ライバルのチームと試合したりするわけですが
このうたプリには、先輩として指導してくれる(?)チームはあるものの
戦う相手というのが存在しないんです(今のところ)

…さて、この“敵”“戦い”が存在しない、に関して
え?プリキュアでは 毎回プリキュア達が敵と戦っているじゃないか?
というご意見があるかと思いますが
プリキュア達が行っているのは、怪物にされてしまった人や物
場合によってはその元凶である悪者を“浄化”し
傷ついた心やたたかいで壊れた街を“元に戻す”ということ
いわゆる戦闘シーンというものは、困難を克服するというプロセスを
ああいった形で見せているものであって
男児向けの戦いとは意味合いが異なるんですね

まぁ、そんなことは置いておいて
先ほどの続き

“戦い”が無いということは、どういうことか?
それは“敗者(犠牲者)”がいないということ(味方であるか否かにかかわらず)

そして、“敗者(犠牲者)”いないということは
“誰も悪くない”ということ

作中の登場人物は、誰も罪を背負わない
言いかえると、みんなが善人(非難される要素を持たない)であることができる


さて、このようにキャラクターが善人だと、どういう“いいこと”があるかというと
この作品を見ている私たちが、何の負い目も持たず作品を楽しむことができる

つまり、各視聴者が何の負い目ももたず
各キャラクターを好きになることができるわけですね

…え、架空のキャラクターなのに何で私達が負い目を?と思われるかも知れませんが
アニメ等のキャラクターが犯した罪に対して
そのキャラクターが好きな視聴者も、やはり一緒に罪悪感を感じてしまうんです

例えば、
作中で自分の好きなキャラクターAが作中の他のキャラクターBを傷付けてしまった場合
その、Bや、Bのことが好きな友人なんかに対して、
なんか「ごめん!」と思うことはありませんか?
…不思議なんですが、自分がキャラクターAを好きなことによって、
なぜかAに対する責任を感じてしまうんですよね

なので、そういったストレスが無いというのは
作品を安心して楽しむうえで、とても大切だと思います


■まとめ
以上のことから、うたプリアニメは
・理想的な人間関係を扱っており、安心できる(ハラハラする人間関係を取り扱わない)
・自己肯定・自己承認や、疑似成功体験により視聴者が気持ちよくなれる
・それを好きなことによるストレスが少ない
という特性がベースにあるのではないかと考えます

でもって、そのようなベースの上に
歌であったり、作画のクオリティであったり、ギャグであったり
そういった要素積み上げているわけですが
もともとのベースがしっかりしているので、積み上げているものが
ことごとくプラスに働いてるんじゃないかと思います






…と、ここまで書いておきながらなんですが
結構無理やりまとめてるなぁ

いろいろと未熟な考察ではありますが
まぁ、世の中にはこんなこと考えてるやつもいるぞって感じで
なんかの参考程度に、頭の端にでも引っ掛けて頂けると幸いです
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ボカロ(特に千本桜)と、仮面ライダーと、フィギュア遊びと、あとその時にハマってるアニメの感想などをやっています。
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