トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

仮面ライダードライブ10話…ドライブと鎧武と

さて、いよいよハート登場!
ドライブとハート、命を懸けた勝負の行方は?
そして、謎の復活を遂げたボルトは、”暗黒の聖夜”をやり遂げてしまうのか…?

という、イベント的にも謎解き的にもバトル的にも大変盛り上がっている回なんですが…


…なんか、こう、ハズした感想書いている自分がいるんですよ ここに



ちなみに、タイトルに”鎧武”と付けていますが、映画の話じゃないです

今回は、ここのところずっと考えてた、ドライブと鎧武の違いについて
一回まとめてみたいと考えてます

とはいえ、ドライブもまだ10話ですし、
自分でも、結構無理くりだったり、飛ばし解釈してるなぁと思うところが多々あって
書きながら大変葛藤していたわけなんですが
それでも書いちゃってるもんはしょうがない

まぁ年末だし、ちょっとアレな感想がひとつくらいあってもいいよね?


ということで、ストレートな感想は他のまっとうなサイトさんにお任せするとして(←!?)
なんかうがった見方をしようとして、結果的にドツボにはまっているような感想を読みたいというかたは、
続きをどうぞ


■ドライブと鎧武と

さて、今回の話で強く感じたのは
前作ライダー、鎧武との違い

今回、ハートと相討ち覚悟の勝負でドライブが言った台詞
「あんたさえ生き残っていれば、新しい誰かを次のドライブに出来るはずだ!」

この台詞は、もちろん自分の身を犠牲にしてでも人を護るという
進ノ介の覚悟の台詞なのですが、それと共に
自分がプロトドライブを受け継いでいるということも
ベルトさんの想いを次に託す相手がいる(ということに疑問をもっていない)ことも
その中で自分の役割がある(あった)っていうことも
言外に含んでるんですよね…

受け継がれるヒーロー魂って熱いわぁ!と思うと同時に
ふと蘇る「鎧武」の記憶…

…鎧武ってなぁ、どう間違ってもこんなセリフ出ない(出せない)作品だったよなぁ


■縦のつながり

今作ドライブと鎧武の違いで、今一番気になっているのが
縦のつながりのありようと、その中での主人公のありよう

縦のつながりっていうのは
親とか先輩とか上司とか、そういう自分より前・上の世代の人たちの繋がりという意味で考えているんですが

これが、ドライブの方は、先代のプロトドライブであったり、このベルトさんであったりはたまた特状課の他のメンバーであったりと
自分より上の世代・前の世代から導かれたり、支えられたり受け継いだりというような関係があるのに対して

鎧武の方は、(去年の今頃くらいの段階では)ダンスチームメンバー同士の横のつながりはあっても、上の世代とは、あまり繋がってない
あったとしても、ユグドラシル勢(貴虎兄さんとか、シドとか)なので、利害関係とか謀略というような、不信感がベースになっている※

そういえば、鎧武公式HPのイントロダクションにも、ビートライダーズのことを”閉塞感”を抱える若者達って紹介してたけど
この”閉塞感”っていうのも、街を支配しているユグドラシル=大人によって、上が塞がれている・大人との間が断絶しているっていうことだったんじゃないかな

そう思うと、鎧武とドライブでは、上の世代・大人との関係の在り方が
真逆と言ってもいいくらい違うんですよね


でもって、主人公のありようというのも
ドライブ=進ノ介の方は、彼自身の信念に加えて
警察官であるという職分と、上記のような人間関係の中で
社会的な立ち位置、自分の役割というのが序盤からしっかり見えているのに対して

鎧武=紘汰の方は、社会人としても、ビートライダーズとしても中途半端で
はっきりとした立ち位置が無かったところからスタートしている
信念として「みんなを護る」と言い続けていたけれど、それも、必ずしも周囲から期待されていた役目というわけでも無かったことを考えると
なんだかんだいっても紘汰は、自分の気持ちだけで戦い続けてきた時期が長いんですよね

※ピエールはこの時期まだ敵でしたし、晶お姉さんとかドルーパーズのマスターは本筋から少し外れているので


■私の実感としては

ここからは、私の実感ベースで恐縮なんですが

ドライブと鎧武でそれぞれ主人公の置かれている状況を見た時に
鎧武の方が、実感として分かるんですよね

紘汰の、自分の状況に対する不安であったり
彼を含むビートライダーズが大人を全然信用して無い、上の世代と繋がっていない感じっていうのが
見ていてどうしても、高校生くらい~就職活動していた時期の自分自身と重なって
なんというか…精神的にきつい


自分の状況への不安っていうのは、例えば
私の場合、就職活動時期が氷河期って言われてた時期だったんで
不景気が続いている中で、筆記試験や面接に全然通らない!っていう焦りだったり
ええ、このまま社会人(=会社人)になれなかったらどうしよう?という不安だったり

あと、上の世代と繋がってない感じって言うのも、
交友関係が基本的には同級生(差があったとしても先輩・後輩くらい)で、年代が違う人との交流を持ってなかったりとか
親との関わりの中でも、例えば就職活動ひとつとっても、認識や感覚が全然合わない、なんか話が通じないっていうことだったりとか
そもそも、サラリーマン家庭なので、親から受け継ぐっていう感覚が全然無かったりとか

そういう、私がかつて感じていた問題が結構乗っかってるような気がしてます


そんなこんなで、今改めて思うと
仮面ライダー鎧武っていう作品は、子供(大人未満)から世界を見ていた話だったんだろうなと思いますし

上記のような問題に対して鎧武という作品が提示した答えっていうのが、
もう一度繋がりを作っていこう、自分の在り処・自分の役目というのはその縦の繋がりの中にある
ということだったんじゃないかなと思います

なので、黄金の果実に選ばれたのが紘汰だというのも、紘汰がこの世界の変革を望まなかったのも
新しくやりなおす(戒斗)のではなく、上の世代の過ちも含めてこの繋がりを未来に続けていこうという考えであったからだと思いますし

切れてしまった関係をもう一度繋ごうということで、主人公である紘汰が光実と貴虎の関係を修復しようとしたり
紘汰自身が次に託す側になって未来に繋ぐことで、物語が上がったんだと思います


■ドライブは鎧武の逆視点?

という風に、鎧武を”縦のつながり”を取り戻した話と考えると
じゃあ、今放映している仮面ライダードライブっていうのは
鎧武の結末の受けての、その先の話なんじゃないか?と思うわけです


鎧武の最終回で、紘汰は光実に託す側になるわけですが
今作のドライブの主人公っていうのは、仮面ライダーの使命を託され、
なおかつそれを先に繋げることにも考えが及ぶ人物です

しかも、この主人公(進ノ介)は、人を護るという熱い信念と共に
警察官という職務(社会的な立場)にあるということと、
特状課に来るまではエリート刑事だったという実績もある
うーん…鎧武序盤で紘汰が目指していた”大人”っていうのは
進ノ介のような人物なんじゃないかな

加えて、この進ノ介が新米刑事という設定ではなく
既に実績のある刑事だったというところも
彼が既に”大人である”主人公ということを示してるんじゃないんでしょうか

ということで、前作の仮面ライダー鎧武が、子供(大人未満)から見た話だとしたら
今度の仮面ライダードライブっていうのは、大人から見た話じゃないかと思うわけです

で、この大人としてなにをするか?というのが、ドライブのテーマなんじゃないかな

■ロイミュードはビートライダーズ?

ドライブの敵役勢力として存在するロイミュード
こいつらは、物語が始まる15年前に、開発者である科学者に反逆を起こした
人口生命体なんですが…

ドライブ勢力勢を”大人”と仮定するなら
このロイミュードって言うのは、大人から見た”子供(大人未満)”の世代
(鎧武でいうところの、ビートライダーズくらい)なんじゃないでしょうか?

ロイミュードはメンバー(?)を「友達」と呼ぶハートの感じからしてグループ的な繋がりはあるようなんですが
目に余るような場合なチェイスが粛清するなど、戒律や美学がある
ハートは、このロイミュードのトップのようですが、絶対の支配者ではなくリーダー的な感じで、
ガチガチの上下関係組織ではないということを思うと、どうもこれは、ビートライダーズ的なグループに近い組織にも思えるんですよね

しかも、このロイミュードは、反逆の際に彼らの開発者である蛮野博士・クリム博士を殺害しています
これも、鎧武で感じた”上の世代との断絶”を思わせる…


■ドライブの決着を考える

で、以上の仮説をもとに、
この先のドライブとロイミュードの顛末について想像してみたいんですが

ロイミュードというのは、人口生命体ではありながら
彼らなりの論理や正義、感情というのもありそう…

現状、言葉のやりとりは通じあっていないように見えますが
ドライブ(進ノ介)・霧子とコンタクトを重ねるうちに、チェイスに迷いが生じている様子や
今回のハートとの勝負の感じからすると、感情や行動の面で、通じ合う(合いそう)なところもぽつぽつ見られます

こうなると、人間とロイミュードの戦いの決着として
ロイミュードを滅ぼしてEND!というのは考えにくいんじゃないかなぁ…

ロイミュードとは、上の世代から離れた
大人と断絶している子供(大人未満)の世代と考えると

大人であるドライブ側は、彼らを導き、なにかを託していくという
繋がりを作っていくという方向で決着を着けていくんじゃなかろうかと予想しています 今のところ


■大人が大人を

あと、主人公サイドが大人の立場ということでもう一つ思っているのが
この、仮面ライダードライブっていうのは「大人が大人を取り戻す物語」なんじゃないだろうか?ということ

物語のスタート時、主人公の進ノ介がかつての自分を取り戻す話であることも
特状課のメンバーが、普段は変わり者・曲者ぞろいだけれどやる時はやる、という描写なのも
親世代に、大人がちゃんと大人としての自信や自負を取り戻せ、というメッセージがあるんじゃないか?

また、メインターゲットの子供世代には、大人のカッコよさをとくと見よ!というメッセ―ジがあるんじゃないか?






…ということをずっと考えてました


あああ、自分で書いておきながらなんですが…ドライブ10話の感想として外しまくってるなぁ…
あと、文章がガッタガタなのは、私の文章力の問題ですすいません

…うーんでもまぁ、自分なりに今の考えを吐き出せてよかった
これで頭の中もちょっとすっきりしましたし、次回はまた新しい気構えでドライブを見られそう

ということで、もしここまで読んでくださってたらありがとうございました
関連記事
スポンサーサイト
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

プロフィール

きりたちのぼる

Author:きりたちのぼる
ボカロ(特に千本桜)と、仮面ライダーと、フィギュア遊びと、あとその時にハマってるアニメの感想などをやっています。
だいたい迷走してます。
よろしくお願いします。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR