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鎧武27話…正直、戦極や光実の気持ちの方が分かる

土曜日に鎧武の感想書いていることほど虚しいこともない…

…アレですね、”書きたいこと”ってやっぱりナマモノで
ずっと溜めこんでいたら、どんどんグズグズになってきて
時間が経てば経つほど取り扱いしにくくなる、今回の一番の教訓です

まぁ、そんなどうでもいい自己反省は置いておいて

それでも、27話観て思ったことだけは、とりあえず書き残しておこうと思います
あと数時間後に覆されてしまうような気はしますがね…


■正直、戦極や光実の気持ちの方が、わかる

今回の話で一番に思ったのがコレ↑なんですよね

貴虎と戦極の過去話…最初は戦極めんどくせえ奴だなーと思ったんですけど
自分に置き換えて見ると、どちらかというと戦極の気持ちの方が分かる!というか
貴虎みたいなやつが身近にいたら、正直しんどくないか?っていう気持ちが
あの話観てから、ずっとあるんですよね

今回の話で意外だったのが
かつての戦極の、貴虎に対する気持ち

戦極は、貴虎のためにあのドライバーを作ったと言い
更に、世界のために戦う貴虎に対し
世界も君に捧げられてもいい筈だ、と言い
あまつさえ、来るべき新しい世界の秩序を治めるべき人間、
つまり、自分の夢を託せる人間
そこまでの想いを持っていたということ

それに対し、貴虎は
ドライバーの量産を彼に求めます
彼に捧げられた戦極ドライバーを
人類の救済のものと考えています

うーん、確かに戦極の考え方っていうのは
革新的ではあるものの、リスクも相当大きな話
人々を救うという”正義”の観点からみれば、
自分が率先して実験台になって
ひとりでも多くの人間にドライバーをもたらそうという
貴虎の考え方って立派だと思うんですが…

ただ彼は、自分の”正義”というものを微塵も疑っていない
それは、立派な考えであるかも知れないけれど
そのぶん聞く耳が無いというかなんというか…本人に悪意がなくとも
ちょっと、傲慢な感じがしちゃうんですよね

でもって、貴虎に対して自分の夢を託したり、
ドライバー作ったりと、なんだかんだいって貴虎に色々と貢献していた
戦極の献身というか、愛情みたいなものも
貴虎の”正義”は、みんな無下にしてしまうんですよね

自分を犠牲にして人々を守るっていうヒーローは
自分を粗末にしてしまう
それはつまり、自分を心配したり、自分のために何かしてくれたり
そんな人たちの思いやりとか愛情とか、そういうことも
粗末にしてしまうわけで

しかも、そのヒーローに愛情かけてる側の人間からすれば
自分に比べてそのヒーローに愛情もかけていない、何もしていない
ただ守られているだけの人々が、ヒーローの愛情を受けている
自分がヒーローにかけた献身が、自分以外のものに費やされてしまうという
なんとも理不尽な状況なわけで

自己犠牲のヒーローっていうのは
自分の周りの人間に応えない
自分の周りの人間の気持ちを犠牲にしてしまう、というのが
なんかしんどいなぁと、思って見てました


紘汰と光実の関係も、厳密にはいろいろ違うんでしょうが
それでもやっぱり似たところがありますよね
紘汰って奴は、光実の献身や努力を全部フイにしちゃってます

…実は、光実も光実で、やっぱり自己犠牲タイプではあるんですよね
ただ、考え方が貴虎や紘汰よりも、もっとドライで現実的
自分の手の届く範囲っていうのを良く分かっていて、それだけに
”せめてここだけは”っていうところを徹底的に守ろうとしている

そして、その肝心な”ここだけは…!”に紘汰が入っちゃっているのが
光実の不幸というかなんというか…

紘汰の自己犠牲的正義に則って行う行為は
ことごとく、光実の自己犠牲をフイにしちゃうんですよね

以前、光実は
自分が求める力は、誰に与え誰から奪うのかを決められる立場に立つことだと言っていましたが
ごの台詞って、犠牲が生まれてしまう現実も、自分が誰かを犠牲にしようとしていることにも
相当自覚的ってことですよね
しかも、その犠牲が紘汰や舞の笑顔を曇らせることも分かっている
ということは、ある程度自覚的に悪役(?)を引き受けているところもあると思うし
それでも、それを紘汰や舞に知らせないことで、ギリギリ自分の正当性っていうのを
保とうとしていたんだと思う

でも、紘汰が紘汰自身の正義に則って行動を起こしてしまったために
光実が自分を守るために必死に隠した真実を知ってしまう
どんなに釘を刺しても、紘汰は行動を止めることはない

光実の、紘汰を止めるための行動や忠告って、色々アレですが
それでもなんだかんだいって愛情から発生しています
でも、紘汰って奴は、やっぱりそれらを無下にしちゃうんですよね 貴虎みたいに
そりゃ、光実が「僕がこんなにいろいろやってやってるのに…」と思うのも
しょうがないです

でもって、挙句の果てに、
紘汰は舞にも世界の真実を話してしまう
光実にとって、舞に知らせないということは、最後の良心というか
彼の正当性を保つための、最後の砦だったのではないかと思うんですよね
そこを全部フイにされてしまったわけですから
正直、光実からしたらこれはたまらんだろうなと思うわけです


今回は戦極や光実なんかの極端な例が出たけど
そもそも、これまでだって紘汰を心配する舞の気持ちも犠牲にしていたわけで…
なんかこう、自己犠牲型のヒーローっていうのは、どうにも
周囲の人間に対して理不な想いをさせてしまう
なにがしかの犠牲を強いてしまう存在なのだなぁと

…うーん、いやぁ、ヒーローにまつわるこういう問題って
ずいぶん昔から言われているところのものだとは思うんですけど
こういうのを改めて見ると、なんかいろいろ思いました


■そもそも

うーん、考えが色々行き詰まってきたので、気分転換に
頭おかしいこと書きます
こないだからずっと引っ掛かっている
”この世界のルール”の話です(またか)


ヒーローがいる世界っていうのは
犠牲者がいないと、成り立たないんじゃないでしょうかか

”希望のために犠牲を必要とする世界”っていうのは
私達が生きているこの世界の話じゃなくて
私達が、日曜朝なんかにやっているヒーロー番組に求めている
正義のヒーローがいて、彼らが活躍する世界観そのものなんじゃないかと

正義が存在するためには、正義を成立させられるだけの理由が無くてはいけない

その理由っていうのは、普通に考えたら”悪者がいる”ってことなんだけど
この時間帯の悪者っていうのは、思想とか観念がどうこうじゃなくて
単純に、人々に危害を加えるヤツ・犠牲者を出すヤツっていうことなんじゃないかと
だって、正義のヒーローって、具体的に被害者が出ないと行動できないし

正義のヒーロー達っていうのは、そんな被害者が出ないように
被害者がいたら、彼らを救うために行動する
それは、言いかえれば人々の代わりに自分が犠牲になる
自分が犠牲を引き受けるっていうことで

で、我々はそんなヒーローの姿を見て
感動したり、勇気づけられたり
時には、戦い続ける彼らの宿命に涙したりして…

でも、この鎧武という作品では
こういった、自己犠牲的なヒーローの
ネガティブな側面に光を当ててきています

これって、つまり
ヒーローものの構造自体が
じつはそもそも不毛なものではないか?ということを
作中で問いかけてきているのでないのでしょうか?

なので、あの”(この世界の)ルールをぶっ壊せ”というのは
ヒーローが存在し活躍することになっている、この作品世界をぶっ壊せ
ということではないか

ということは、仮面ライダー鎧武が目指しているのは
ヒーローものというジャンルにおける、ヒーローの存在意義を変えよう
我々が、ヒーローに望むもの、期待するものを変えよう
新しい”ヒーロー像”をうちたてよう、ということではないのか?



…とかね
いや、根拠が薄いことも
突っ込みどころが多いことも分かってます
寝言は寝て言えというかなんというか…
時間かかった割に、相変わらずヘンなことしか書けなかった
なんか、ここまで読んでくださってた方いたら、本当にありがとうございます

そして、戒斗さんに全く触れられなかった…せっかくゲネシス変身したのに
無念だ…
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きりたちのぼる

Author:きりたちのぼる
ボカロ(特に千本桜)と、仮面ライダーと、フィギュア遊びと、あとその時にハマってるアニメの感想などをやっています。
だいたい迷走してます。
よろしくお願いします。

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