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キルラキル5話を見ての感想というか、妄言吐き出し(なので、読まなくていいです)

アニメ視聴感想に時間かけるもんじゃないよね…
放映から時間が経てば経つほど、他の人の感想読みたくて読みたくて
ネットサーフ我慢するの大変だった


ふぅ

今回は、この先に繋がるであろう謎の片鱗チラ見せの回でしたね
いろいろ気になるところはありましたが、私的に大事な要素をざっくり3つ挙げると

・「服を脱げ!」謎の団体ヌーディストビーチ
 そして美木杉・黄長瀬それそれの思惑とは?

・皐月様、狙うは全国学園支配!?
 残すは関西のみ

・「服は友達」流子と鮮血の目指す先は?
 「人と服は敵じゃない」服に裏切られた女、キヌヨとは?
 

さて、まずは今回の新キャラ「黄長瀬 紬」
どうもこの人、反制服ゲリラということで、服を殺す(?)活動をしているようで…
また、美木杉と共に、「ヌーディストビーチ」という団体に関わっている模様
(美木杉、どうりで…)

この男が言っている「服を脱げ!」という主張
これは、どうやら彼の昔の知人、キヌヨさんという人が
自ら纏った服によって殺されてしまった事件が原因になっているようなんですが…

この作品、やっぱり”人”と”服”の関係がキーになっているようですね



さて、ここで気になっているのが
皐月様が3話で言っていた「着こなす」という考え方と
黄長瀬の主張である「服を脱げ!」という考え方
これ、実は 根本はそんなに違わない考え方なんじゃないかな?

皐月様は、2話で「民衆…愚かなる者達…彼らは体制に飼いならされた、服を着た豚だ」
と言い、学園の生徒たちに極制服を与えていたわけですが
ここで言う服っていうのは、恐らく体制に飼いなさらされた象徴みたいなもんなんでしょうね?
ただ、ここで気になるのは 皐月様自らも神衣「純潔」を纏ったこと

恐らくですが、皐月様は
服=体制に従うのではなく、それを着こなす=自覚的に体制に参画するべき
という考え方を持っているのではないかと考えてます

でもって、生徒のレベルに合わせた星付きの服を与えているというのも、
服によって生徒を従えるというのが目的ではなく、
逆に服に着られない・着こなすという教育(?)を
行っているからなのかも知れないと思うわけで…

生徒に対する教育…というのは考えすぎかもしれないですけど
でも、単純に皐月様による支配体制を敷く、ということが目的なら
「ノー遅刻デ―」という制度に、ものすごく引っ掛かるんですよねぇ…
ここで脱落した無星生徒を放学する意味がよく分からない
もし、単純に皐月様による全国支配ということなら、放学する必要ってあんまり無いんじゃないか
むしろ、学園の体制に押し込んで飼い殺しした方がいいような気がしてるんですが…

うーん、↑はど素人の考えなんで アレなんですが
やっぱり、彼女の野望とは、自らが全国支配することではなく
その先の何かだと考えてまして
放学するというのは、このやり方についていけない者は切り捨てるということで
この学園は、服に耐えられる・着ることができる(できそうな)生徒のみで構成し、
何かと戦おうとしている?(それとももう戦っている?)んじゃないかと…

で、ここで思い出すのが1話の演説
「恐怖こそ自由!君臨こそ解放!矛盾こそ真理!それがこの世界の真実だ!
 その真実に屈服せよ!」

「恐怖こそ自由」というのは、服=体制というものに従って何も考えず生きれば、それなりに生きられるという安心からの脱却
自分がどうするか、ということは自分で考えて決めなければならないという不安な状態が自由ということじゃないかと
つまり、服を着こなす=体制に支配されるのではなく、自覚的に体制に参加する=どのような体制に参加するかは、己で決める
集団に参加していながらも頼るものが己のみという、あくまで個人は個人であるという考え方なんじゃないかと

なので、次の「君臨こそ解放」というのは、
己が己に君臨する支配者である、ということなのかな
「俺達の王は俺達なんだ!」(「世界の王」/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」より)みたいな感じ?

矛盾こそ真理というのは…服からの支配から脱却するためには、やはり服を着ないといけない
ある体制から脱却するためには、結局そのため別の体制を構築しなければいけないという矛盾のことを言うのかな

なので、皐月様が目指しているのは
既存の、もはや廃れた体制にしたがって生きるのではなく
独立した意識の高い個人が集まって新たな体制を構築すべきだ、という考え方なのかなぁと


じゃあ、黄長瀬の方の「服を脱げ!」という主張は
体制の支配から脱却し、個人の独立性を保つためには、そこから抜け出せ!
ということなのかと…
しかし、そんな彼も「反制服ゲリラ」「ヌーディストビーチ」という集団に属しているわけで(はみ出し者のようですが)
完全に何かの体制から独立しているというわけでは無さそう
名前の由来も、「着流す」みたいですし
「服を脱げ!」と言いつつ、「着る」という行為からは離れられないんじゃないかな


ちなみに、ここまで言ってきた体制…体制って何だろうと考えると
ものすごく拡大解釈ですが、私達がなんとく「こういうもんだ」と思っている社会のルールとか常識とか?
なので、体制に飼いなされてるっていうのは、そういうものに縛られて
「無難にやっていれば問題ない」「これが自分の限界だ」「何をやっても無駄だ」と諦めてしまうことかと思ってます

で、繰り返しになりますが
黄長瀬は そこから脱却するためには何にも属するな!という考えで
皐月様は、意識が高い個人が集まって、新たな体制を構築していこうという考えなのかな?と

でも、黄長瀬の考え方はどこまで行っても孤独な考えだし、
何より完全に孤立というのは、黄長瀬の状況を見てもかなり難しそう
皐月様の考えは、体制の発足時こそ、意識が高いメンバーが集まっていいかもしれないけど、
長い目で見ると結局ただ別の体制なって、今度はそこに飼いならされる奴らが発生するという問題が生じるし…
…ああ、そのために極制服与えたり、ノー遅刻デーとかでテコ入れしてるのかな?
ならば、本人もそこは自覚してそうだ
…でもまぁ どちらもあまりうまい考え方とは思えない


で、そこで流子サイドから出てきたのが
「服は友達」という考え方
これって、先の2人のように”服”と”人”を対立するものと考えるのではなく
共存できるものという考え方なのではないかな、と

あれ、でも3話では流子も鮮血を着こなしたじゃん?
これってどういうことなんだろう?と思ったんだけど…

流子が3話で鮮血を着こなしたっていうのは、見た目は皐月様と同じだけど
皐月様が、割と力ずくで純潔着てたように見えたのに対し
鮮血と流子の間では、信頼関係ができ始めているよう
このへんが、今のところの流子と皐月様との違いなんじゃないかな

皐月様が言う”着こなす”は、体制に支配されるのではなく、自覚的な個人が体制を構築し、参画することだ…ってことだと私は考えてるけど
流子の”着こなす”というのはもっと自由な考え方なんじゃないかと

己が己に君臨する支配者である…えーと、個人はあくまで個人ていうところは共通すると思うんだけど
個人の考えの貫き方というのを、黄長瀬のように孤立するのではなく、
皐月様のように新しく体制を作るという考えではなく
例えば今回の流子とマコのように、それぞれの考えはそれぞれのものとして
別個に存在していることを受け入れ
必要な時には互いに助け合う

うーんと、皐月様のようなガッチガチの組織にするのではなく
必要な時にはある組織に入ったり、あるいは自分たちで組織作ったりして
そこでの体制の中で過ごすけれど
目的が終わったら、それから離れてまたそれぞれ個人に戻って自分の道を進む…というような
でもそれで縁が切れるというものではなく、また必要になれば寄りあう…というような
そういう、緩い繋がりのような考え方なのではないかと思ってます


…とはいえ、気になるのが”キヌヨ”さんという人の話
この人も、「人と服は敵じゃない」という考えを持ちながら、服に命を絶たれてしまった
これは、本当に黄長瀬の言うとおり、服が裏切ったということなのか
それとも、また別の真相があるのか?
ああ、この先の展開も気になるなぁ…



…と、感想書いてる筈だったのに
気付いたら、ずいぶん長々と妄言吐いてた
もともと考えがまとまってなかったのに加え、文章へたくそなもんで
もし、ここまで読んでくれてた方いらっしゃったら、本当にすいません

なんか、盛大にハズしてそうな気がするけど…まぁ、こんな変な奴が一人くらいいてもいいか!と
自分で自分を説得してみますよ
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ボカロ(特に千本桜)と、仮面ライダーと、フィギュア遊びと、あとその時にハマってるアニメの感想などをやっています。
だいたい迷走してます。
よろしくお願いします。

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